Keiichiro Ihara's Home Page
| Home | エッセイ | 書評 | 論文 | 翻訳 | インフォメーション | ブログ | Mail |
 

ヴァーチャル・ウィンドウ

 私の南点連載も今回が最終回である。連載開始から終了までのこの6ヶ月間、訳書の校正の仕事をおこなってきた。現在は三校の校正中で、この校正が終われば、本書はめでたく世に出ることになる。

 著者はアン・フリードバーグ。アメリカの映像メディア研究者で、元・南カリフォルニア大学(USC)映画テレビ学部教授。USC映画学部は映画芸術科学アカデミーによって1929年に設立された学部で、映画、テレビ、ニューメディアの理論と実践を教え、多くの人材を輩出してきた。卒業生にジョージ・ルーカスやロバート・ゼメキスがいる。フリードバーグは2003年からそこの理論研究学科で教鞭をとっていたが、2009年に57歳の若さで亡くなった。

 高知大学の宗洋氏と共同で訳出したのは、フリードバーグの二冊目の単著で遺作となった「ヴァーチャル・ウィンドウ」(2006年)である。「アルベルティからマイクロソフトまで」という副題が示すように、アルベルティが「開かれた窓」として定式化したルネサンスの遠近法(絵画)からマイクロソフトによって商標登録された「ウィンドウズ」(複数の窓!)まで「仮想の窓」の歴史をたどり、視覚とフレームとの関係について論じている。

 人文系研究書の出版が厳しさを増す近年の出版不況下において出版を快諾してくれたのは東京の出版社・産業図書。訳者の希望は本が「売れる」ことではなく、全国の大学や公立の図書館に本が収蔵され、研究者や学生が必読文献を日本語で読める環境を作り出すことにある。

 私たちは、映画、テレビ、コンピュータのスクリーンを眺めてますます多くの時間を過ごすようになっている。校正打ち合わせのための高知への行き帰りの列車の中で印象に残っているのは、多くの人が車窓ではなく、掌の中のウィンドウを見ていたことだ。一体私たちは「仮想の窓」の中に何を見てどこに向かおうとしているのだろうか。

2012年6月20日(「南日本新聞」掲載)