100回日本社会分析学会例会 自由報告

http://ecowww.leh.kagoshima-u.ac.jp/staff/katagiri/index.html

2000年12月16日(土) KKRホテル博多にて

少子化要因とその社会学的意味
――鹿児島県離島,沖永良部島の事例研究――

鹿児島大学 片桐資津子

1.背景

-1)日本の合計特殊出生率は1.34(平成12年,厚生省調べ)まで低下,2.08で人口を維持できる,2100年には低位推計で5088万人にまで日本人口が半減(平成9年,国立社会保障・人口問題研究所調べ)

図1 我が国の総人口の見通し

我が国の人口見通しのグラフ

資料:「日本の将来推計人口(平成9年1月推計)」国立社会保障・人口問題研究所

 

-2)社会問題としての少子化

@     生産労働人口の減少と国民負担率の増加(少子化と高齢化が同時進行)

表1 現状のまま推移した場合の経済成長率及び勤労者1人あたり手取り所得伸び率

 

1995年度
(
平成7年度)

2000年度
(
平成12年度)

2010年度
(
平成22年度)

2025年度
(
平成37年度)

経済成長率

2.3%

2.6%

1.8%

0.8%

国民負担率

36.7%
(44.1 %)

39.7%
(49.9 %)

47.4%
(58.9 %)

60.0%
(92.4 %)

勤労者1人当たり
手取り所得伸び率

1.5%

1.9%

1.0%

▲0.3%

注:経済成長率は実質GDP成長率。伸び率の2000年度以降は年平均伸び率。国民負担率の( )内は、財政赤字フローを各時点で国民が負担した場合であり、仮に当該勤労者世代が税等により負担する場合には、手取り所得はさらに低下。

資料:産業構造審議会総合部会基本問題小委員会の試算(平成8年11月)による。

 

A     子どもへの悪影響(家族や地域社会の変容,子どもの社会性,子どもへの過保護化)

 

-3)少子化要因は「未婚率や晩婚化の上昇」であり,晩婚化の理由は以下のとおり(厚生省,1998)

 

図2 晩婚化の理由

晩婚化の理由・男性のグラフ

晩婚化の理由・女性のグラフ

資料:男女共同参画社会に関する世論調査(平成9年9月)総理府広報室

以上から少子化要因を簡潔にまとめると,以下の三点になる。

@     育児負担感,仕事と家庭の両立負担感(時間的,精神的,経済的負担)

A     個人の結婚観や価値観の変化

B     親から自立して結婚生活を営むことへのためらい(パラサイト・シングル)

*パラサイト・シングルとは「30歳を過ぎても親元に同居して,レジャーに旅行にブランドものに,リッチな生活を謳歌する気ままな独身男女」(山田昌弘,1999)のことである。

 

2.報告の目的

@ 以上の背景を踏まえつつ,日本の市区町村のなかで,逆に少子化が最も進展していない地域における事例を素材にして,社会現象としての少子化要因を整理しその社会学的意味を検討することを本報告の主要な目的とする。

A     子どもをもつ夫婦や行政関係者からの出産言説だけでなく,出産に詳しい産科関係者(医者,看護婦,助産婦,元助産婦)における出産言説という観点も含めて,沖永良部島の出産や育児の実態を多面的に聞き取り,新たな少子化要因を模索する。

 

3.沖永良部の地域特性と事例調査の概要

1)沖永良部島の地域特性

-1-1)位置

-1-2)市区町村別合計特殊出生率が和泊町は2.58で日本一,知名町は2.54で第五位

表2 合計特殊出生率(ベイズ推定値)が上位の市区町村

順位

都道府県

市区町村

合計特殊出生率
(ベイズ推定値)

人口
(人)

1

鹿児島県

和泊町

2.58

7,869

2

鹿児島県

喜界町

2.54

9,268

3

鹿児島県

天城町

2.52

7,365

4

鹿児島県

伊仙町

2.49

8,151

5

鹿児島県

知名町

2.48

7,456

6

宮崎県

五ケ瀬町

2.48

5,265

7

宮崎県

北浦町

2.47

4,764

8

鹿児島県

徳之島町

2.44

13,640

9

沖縄県

伊是名村

2.41

1,895

10

長崎県

石田町

2.37

4,942

注:人口は平成7年国勢調査に基づく。

 

-1-3)気候は温暖で快適

-1-4)主要産業は農業で,特に花卉類とサトウキビの収穫量が目立つ

-1-5)教育熱心な土地柄で,地元高校卒業後は90%以上が島の外で進学する

 

2)事例調査の概要

-2-1)実施日…平成12年7月25日から7月31日まで

-2-2)調査方法…ヒアリング調査

-2-3)対象者…次の5つの立場にある方々

@和泊町役場勤務者,A自営農家経営者ご夫妻,B産婦人科医,C現役助産婦,D元助産婦

-2-4)質問内容…基本的属性,和泊町や知名町が少子化ではない理由,昔の出産と比べて,最近大きく変わったと思われること,出産に関わる男性,出産前後でのカップルの変化,出産の前後で母体である女性を精神的に支えている人,近年の少子化現象について思うこと,人間にとっての出産の意味,あるいは人生における出産の意味,出産現場に関わっていて感動したこと,子どもを産むことのプラス面とマイナス面,少子化について出産現場から特に言えること。

    ⇒以上のなかで答えやすいものから自由に答えていただいた。

 

4.調査結果

@     和泊町役場勤務者

MIさん(50歳代後半)

和泊町は農業が盛んで,サトウキビはお米と似ていてさほど儲からないが,花卉類は儲かる。環境がよくて子育てに適している。地元の沖永良部高校を卒業するとほとんどの若者は島を出て行く。教育熱心で進学する若者が多い。だが,何年間か勤めたらまた戻ってくる。農業の専門家育成機関があり農業経営や技術を学べる。必ずしも親の家業を引き継ぐ必要がない。和泊町小学校では校庭にガジュマルとよばれる大きな樹木があり観光名所になっている。そのため,小学校は外部の人にオープンになっている。子どもたちも学年を超えて相互作用する。若い女性が子どもを産もうと思える身近なサポートがある。例えば義母の応援とか。子どもをみてもらえる安心感がある。女性は働きながら子どもを産む。島では家を留守にするときでも鍵をかけない。泥棒はいない。警察官の仕事は主に交通整備が中心になる。平和な地域である。

 

MUさん(30歳代後半)

島全体が経済的に豊かである。エラブユリが花卉類では有名だ。環境や風土が良好で生活しやすい。夜にすることがないから暇であることや町営アパートは独身入居できないこと等も合計特殊出生率の高さと関係があるかもしれない。若夫婦にとって子どもを作ることは社会的圧力に拠るところが大きい。島には29の集落があるが,悪いニュースは半日で伝わり,良いニュースでも二日で伝わる。いい意味でも悪い意味でも,家族のような雰囲気がある。島全体で支えあっている。何かのきっかけになればということで,声掛け運動も行なっている。不登校児童はゼロで,学力向上を目指している。離婚も島内同士ではゼロである。

 

A     自営農家経営者ご夫婦

   YAさんご夫妻(40歳代半ば)

   流産しやすい体質のため2人しか子どもがいない。子どもを畑に連れて行く。夫も家事や育児に協力的だ。島では子どもを多く産んだほうが経済的にも得だ。保育所に子どもを一人預けても六人預けても費用が一緒だからだ(以上が妻のコメント)。行政の支援が充実している。町のトップの判断力や実行力がしっかりしている。だから,産まなきゃ損だと思う(夫のコメント)。自分たちの場合,双子か三つ子で産まれて欲しかったくらいだ。若い頃に大阪で看護婦の仕事をした経験があるので余計感じるのだが,島には独特の生活のリズムがあり本当に暮らしやすい(妻のコメント)。

   

   KBさんご夫妻(30歳代半ば)

   何人産んでも育てていける。祖父も助けてくれる。近所の人も子どもをみてくれる。子どもは4歳の長男,2歳の次男,そして0歳の長女の3人だ。2人目のとき夫は出産に立ち会った。一緒に産んだ気持ちになり,出産後もあやし方が上手くなったし,以前よりも育児に関わってくれる(妻のコメント)。先祖がいて自分たちがいる。リレーの「たすき」みたいなものだ。「遺伝子の乗り物」だとも思う。子どもがいないと,老後は寂しいだろう。生活に色んな意味での「ゆとり」がないと出産はできない。子どもによって癒されることも多い。結婚するときは親孝行のためだとも思った。結婚や出産については,親戚や友人にもせかされた(夫のコメント)。

   

B     産婦人科医

TAさん(40歳代前半)

10歳代の出産が多く,これを受け止める土壌がある。例えば高校生カップルが妊娠した場合には男女とも高校を中退させ,女子高生は母親になる準備をするし,男子高校生は働きに出る。親世代もそのようにしてきた。親戚関係の結束が強い。さらに,島では夜遊ぶ所が少ない。風俗産業は店として看板を上げていない。それで家族の団欒や夫婦生活に時間を割ける。避妊の知識が少ない。全国の傾向と比べて,初産年齢が低い。中絶も基本的に禁止している。物価が安くて収入が多いので金持ちが目立つ。島の人たちは真面目で優しい。人を疑わない。争いごともめったにない。診察が長引いて患者さんを待たせていても文句を一切言わないのには驚く。出産は感動的なものだ。病院がそれを奪ってはいけない。助産院のもつアットホーム性と病院のもつ安全性を兼ね備えた「助産医」を目指している。この島ではこういたことが実践可能だ。都市部では子育て負担ばかりに目がいき,お産の感動を忘れているから少子化が起きているのかもしれない。産婦人科医の責任も大きい。

 

C     現役助産婦

   ASさん(30歳代前半)

   地元の高校を卒業したあと,関西で看護婦の学校に行き勤務もした。沖永良部島の場合には出産したあとにみてくれる人がいる安心感がある。両親のもとに住んで両親を頼りにしている。ここは確かに物価は高いが食物は自家栽培なので経済的にはすごく楽だ。子育てもしやすいし生活全般も快適だ。とにかく親がそばにいることは,お金の面とか,出産を経験した年輩から応援してもらえるので心強い。いつでも誰にでも会って相談できる安心感だ。はけ口になりストレスも溜まりにくい。関西の大病院ではお産の数自体が多いのでパッパッと,ムダなく処置していく。担当医もシフトで変わることもある。だが,沖永良部島の病院ではお産の数が少ないのでドクターや看護婦・助産婦らは余裕をもって妊婦とその家族に接することができる。かつ,妊婦にとっての担当医も固定化しているのでドクターとの信頼関係も築きやすい。他方で,沖永良部島では不本意な妊娠も多い。それは避妊の知識が少なく性教育が徹底されていないせいだろう。

   

D     元助産婦

   OMさん(70歳代半ば)

   祖母の影響もあって,19歳のとき看護婦の免許をとった。22歳で結婚し,23歳のときから助産婦になり43歳のときから助産院を自宅で開業した。50年近く助産婦をしてきたので,周囲から「島の母」と呼ばれている。2000人もの赤ちゃんを取り上げてきた。沖永良部島は気候が暖かいので妊娠に適している。冷え性だと妊娠しにくいからだ。理想の子ども数は4人で,内訳は男2人女2人である。一人っ子だと甘えん坊になる。二人きょうだいだとライバル意識剥き出しになる。男2人女1人,もしくは男1人女2人だと1人の性が寂しい思いをする。妊婦にはこのように言って聞かせてきた。よく一般的には世の中不景気だと言われるが島ではそんなことはない。農業だけでなく道路や下水道などの建設業も盛んで,皆働いている。町の政策がいい。役場のほうから育児手当も支給される。30万円の出産祝い金もある。野菜や魚なども豊富で島自体が恵まれている。子どもの教育費の支援も充実している。

 

5.分析と考察

 以上の調査結果から,さきに挙げた少子化要因を吟味してみよう。

 

@     育児負担感,仕事と家庭の両立負担感(時間的,精神的,経済的負担)

*「女性は働きながら子どもを産む」,「島では子どもを多く産んだほうが経済的にも得」,「保育所に子どもを一人預けても六人預けても費用が一緒」,「産まなきゃ損」,「ここは確かに物価は高いが食物は自家栽培なので経済的にはすごく楽」,「子育てもしやすいし生活全般も快適」,「育児手当も支給」,「子どもの教育費の支援も充実」。⇒沖永良部島の事例ではこれは全く当てはまらない。

 

A     個人の結婚観や価値観の変化

*新婚夫婦が子どもをもつことは個人の価値観もあるがむしろ「社会的圧力に拠るところが大きい」。「いい意味でも悪い意味でも,家族のような雰囲気がある。島全体で支えあっている」ことから,コミュニティの監視機能が健在していると判断できよう。

*結婚観については,「先祖がいて自分たちがいる」ことを認識したうえで,「結婚するときは親孝行のため」であるという考えを持っている。子どもの存在に関しては,「リレーのたすきみたいなもの」とか「遺伝子の乗り物」と表現した方もいた。「子どもがいないと,老後は寂しい」ということで,都市部の結婚観や家族観とは大きく異なっている。

 

B     親から自立して結婚生活を営むことへのためらい(パラサイト・シングル)

*「出産したあとにみてくれる人がいる安心感」,「両親のもとに住んで両親を頼りにしている」,「親がそばにいることは,お金の面とか,出産を経験した年輩から応援してもらえるので心強い」というデータからは,親から自立して結婚生活を営んでいる姿というよりむしろ親の様々な資源を活用しながら出産しているカップルの姿が浮き彫りになる。これは,まさに“パラサイト・カップルによるパラサイト出産”と呼ぶことができる。

 

C     沖永良部島独自の少子化緩和要因

*「農業の専門家育成機関があり農業経営や技術を学べる。必ずしも親の家業を引き継ぐ必要がない」:これは,一度島を出た若者がUターンしやすい仕組みである。家業を継承するプレッシャーもないので,自分の人生設計を自らの意志で決定し選択できる。

 

*「沖永良部島は気候が暖かいので妊娠に適している。冷え性だと妊娠しにくいからだ」:これは元助産婦であるシマの母からの経験からにじみ出た言葉である。身体的もしくは生物的観点からのもの。

 

*「沖永良部島の病院ではお産の数が少ないのでドクターや看護婦・助産婦らは余裕をもって妊婦とその家族に接することができる。かつ,妊婦にとっての担当医も固定化しているのでドクターとの信頼関係も築きやすい」:都市部の大規模病院では不可能。出産現場における分業システムがあるから。出産は合理性よりもむしろ親密性を重視して行なわれている。妊婦とその家族の不安感を除去。特定のドクターが出産の全過程を把握することにより「いいお産」が実現。カップルはもう一度産んでもいいと思える。出産への感動と理解がある。

 

6.結論と課題

 今回の事例研究から提案できる少子化を緩和する出産環境を挙げてみる。

6−1)経済的に豊かな生活条件

6−2)“パラサイト・カップルによるパラサイト出産”

 6−3)若者における人生設計の自由度

 6−4)身体的に有利な出産条件

 6−5)医療における出産の非疎外化,出産の全過程を把握

 

 本研究から導き出される(作業)仮説は次のとおりである。

A)     結婚したあとカップルが経済的に不安を感じている場合には子どもを持たない傾向がある。

B)     親に寄生するのは独身(シングル)だけではない。結婚したカップル(若夫婦)でもあり得る。さらには“パラサイト出産”をしているパラサイト・カップルも存在する。同じように親に寄生しても子どもを持つ場合と持たない場合がある。その違いには,@女性における労働の在り方と,A個人レベルでの結婚観・価値観の在り方,が挙げられる。

C)     戦後,出産現場が助産院から病院に移行したことで,“出産の合理化や近代化”が進んだ。少子化は医療の近代化に伴う意図せざる結果といえる。

D)     冷え性をはじめ,過食症・拒食症,性行動の若年化など,女性の身体に異変が起きている可能性がある。

 

今後の課題は,@ジェンダーと世代が絡み合う「家族」,B出産を行なう女性のハビトゥスとしての「からだ」,B男性学的視点からの少子化なども射程に入れつつ考察を深めていくことが中心になる。また,上記の仮説をブレイクダウンして質問紙票による大量調査を行なうことで実証していくプランもある。

 

7.文献

富士総合研究所編,1999,『怖くない少子・高齢社会』,読売新聞社.

セミナー医療と社会,2000,「少子化(問題)を考える」,『医療と社会』17号,82-96.

厚生省大臣官房政策課監,1998,『少子化と人口減少社会を考える』,ぎょうせい.

皆村武一,1999,「第2章 砂糖をめぐる問題と奄美糖業の展開」,鹿児島県立短期大学地域研究所編,『奄美群島の経済社会の変容』,南日本共同印刷株式会社.

三菱総合研究所編,1999,『「少子高齢化」の恐怖を読む』,中経出版.

永吉毅編,1956,『沖永良部島郷土史資料』,鹿児島県大島郡和泊町役場.

大出春江,1984,「高度工業化社会における医療の問題―パーソンズとイリッチにおける医療モデルの比較を通じて―」,『上智大学社会学論集9』,上智大学・社会学科,26-43.

大出春江,1985,「産む文化―ある開業助産婦のライフ・ヒストリー(その1)―」,『上智大学社会学論集10』,上智大学・社会学科,65-87.

Pullman, 1988, Diapers Deadlines and Decisions: Careers and Children, Kendall Hunt Pub.

坂井友直,1933,『沖永良部島史』,奄美社.

先田光演,1989,『沖永良部島のユタ』,海風社.

沢山美果子,1998,『出産と身体の近世』,勁草書房.

鈴木りえこ,2000,『超少子化――危機に立つ日本社会』,集英社新書.

田畑千秋,1997,『奄美・沖縄 女のことわざ』,第一書房.

知名町誌編集委員会編,1982,『知名町誌』,鹿児島県大島郡知名町教育委員会.

和泊町誌編集委員会編,1984,『和泊町誌 民俗編』,鹿児島県大島郡和泊町教育委員会.

山田昌弘,1999,『パラサイト・シングルの時代』,ちくま新書.

 

※本研究は2000年度文部省科学研究費による基盤研究(A)(1)[代表者・北海道大学大学院文学研究科 小林甫 教授]による成果の一部である。