少子化の家族社会学的考察

―戸田貞三『家族構成』に着眼して―

鹿児島大学 片桐資津子

katagiri@leh.kagoshima-u.ac.jp

1.経済問題ではなく,社会現象として

 少子化が社会問題であるというメッセージを発信している人の多くは経済に関わる立場の専門家である。具体的に説明すれば,第一に,「家族構成」の観点からは,女性一人当たりの平均子ども数を表す合計特殊出生率が1.34(平成11年)まで落ち込み,このまま下降して少子化に歯止めがかからなければ,100年後の2100年には日本人口が半減する可能性があり,この事態は市場規模を縮小させて経済成長を阻害する。第二に,「人口構成」の観点から鳥瞰しても,少子化と高齢化が同時進行している特徴があるため,生産労働人口が減少して非生産労働人口とされる高齢者が多くなれば,社会保障などにおいて国民負担率が増加する。これは少子化を経済的側面からの社会問題,より正確にいえば経済問題として特徴づけた見方といえる。

 だが,本報告では,上述のように少子化を「経済問題」に限定したかたちで把握するのではなく,ありのままの「社会現象」として捉えて考察する立場をとりたい。少子化に関して,「問題か否か」を問題にするのではなく,「現象自体」を問題にする。この点を本報告の背景として確認しておく。

 では,具体的にどうするか。端的にいえば,政策や処方箋を意識した「現状分析」よりもむしろ少子化の構造把握や経緯説明の枠組みといった「歴史分析」や「理論分析」に重点的に取り組む。少子化を社会変動もしくは時代変化と理解して,なぜ少子化という現象がいま現在起きているのか,その要因は何かということを歴史的過程のなかに位置づけながらその構造に迫りつつ現象の論理的説明を試みる。すなわち,マクロな「人口構成」の統計的変化を射程に入れつつ,ミクロな「家族構成」の変容を出発点にして,とりわけ,戦前・戦後の「家長的家族」から,「近代的家族」を経て,脱近代的家族へと歴史的に変遷を遂げるなかで,家族関係──夫婦関係や親子関係における「家族的結合」の在り方が質的にどのように移り変わってきたかを家族社会学の研究成果に着眼しつつ理論的に検討する。

 

2.少子化を学問知の伝統に位置づける

 そのさいに学問的に着眼したいのは戸田貞三博士(18871955)である。なぜなら,戸田は『家族構成』(1937)という家族社会学における家族の実証研究の古典ともいうべき著作を執筆しており,少子化現象を「家族」に焦点を当てて説明するさいに参考になると思われるし,かつそのなかには基本的な理論枠組みが散りばめられているからである。その概念を列挙すれば,家と家族制度,家族の集団的特質,家族の員数限定,家族的結合,家長的家族と近代的家族,などとなる。

 本報告の最大の目的は,こういった学問知の成果に学びながら,「家族構成」を切り口にしていま現在起きている少子化現象を学問知の伝統のなかに位置づけて,かつその歴史的,構造的把握を試みることに在る。もちろん,戸田博士だけでなく,鈴木栄太郎博士の都市家族論,有賀喜左衛門博士や喜多野清一博士における同族団の研究,内藤莞爾博士による末子相続研究など,検討すべき学問知の成果も多いが,本報告では第一ステップとして戸田理論に限定して着手する。(なお,これは少子化の実証研究を実施するための布石であり,さらには博士論文の理論編の一部に組み込まれることになる。)

 

3.戸田理論の検討

 さっそく戸田理論の検討に移りたい。以下では,戸田貞三の「家族構成」に関する著作(『家族構成』)や諸論文(「家族構成に就いて」,「家族構成と人口」等)のなかで展開される概念を次の四点に絞って吟味していく。

 

1)家と家族制度

戸田理論の出発点は東京大学に提出した卒業論文「日本における家の制度発達の研究」に在る(『家族構成』喜多野による解説部分:382)。ここから戸田は家族制度に関して,次のような見解を導き出している。「…家族制度は人々の家族生活を外的に規制するものと云われ得る。それは個々人の任意とは別に,家族生活をなさんとする人々を外部から制約し,人々をして社会人たる資格に於いて,特定形式によって家族生活を営ましめるものである。」(『家族と婚姻』:294

戸田はこのように「家族制度は家族存立の外部的条件である」と前置きしたのだが,むしろ,「家族の家族たるところはかかる制度のいかんにあるのではなく,人々の内的態度にもとづいて生ずる集団の特質にある」(『家族構成』:20,傍点は報告者)と規定している点にここでは注目したい。そして,「家族が他の一切の集団と異なって存するところは,外部から課せられる制度にあるのではなく,家族に固有なる集団的特質にあると考えられる」(同:20-21,傍点は報告者)と思考を進ませる。この考え方こそが,次なる概念「家族の集団的特質」の考察へと繋がる。

 

2)家族の集団的特質

 「家族とは如何なるものであるか,家族生活とは人間生活の如何なる方面を指して云ふのであるか」(「家族の集団的特質」:2)という問題意識をもつ戸田は,「家族が他の集団と異なる所以」(同:26)を,コント,ウェーバー,フィーヤカントらの成果を参考して追究した。その結果を「家族の集団的特質」として以下のようにまとめた。

 

家族の集団的特質

@家族は夫婦,親子およびそれらの近親者よりなる集団である。

A家族はこれらの成員の感情的融合にもとづく共同社会である。

B家族的共同をなす人々の間には自然的に存する従属関係がある。

C家族はその成員の精神的ならびに物質的要求に応じてそれらの人々の生活の安定を保障し経済的には共産的関係をなしている。

D家族は種族保存の機能を実現する人的結合である。

E家族は此世の子孫が彼世の祖先と融合することにおいて成立する宗教的共同社会である。

(出典)戸田貞三『家族構成』:37より作成。

 

家族の「集団的特質」に関しては,戸田は次のように結論づけている。「家族は夫婦,親子ならびにその近親者の愛情にもとづく人格的融合であり,かかる感情的融合を根拠として成立する従属関係,共産関係である」(『家族構成』:48),と。だが,次の二点については必ずしも家族の集団的特質とは言えないことも明記している。それは「種族保存の機能および宗教的行事」(同:48)である。つまり戸田は,種族保存機能を家族の集団的特質に必要十分条件として挙げていない。

その上,次のような命題を挙げて家族構成員数減少に関して説明している。すなわち,都市部のほうが農村部に比べて家族構成員数が縮小している傾向にある。戸田はこの命題を『大正九年国勢調査報告』からデータ分析した結果により導き出している。要するに,この命題は都市化が進展すればそれにともなって,家族構成員数が減少する≒子どもの数減少≒少子化現象を予測させるものと解釈することもできる。ここに,少子化現象を察知する戸田の雰囲気が前段として読み取れるだろう。注目すべきは,戸田が,当時の日本で主流とされていた「家長的家族」における家族構成を実証的に分析するなかで,都市化や産業化といった社会変動により,将来の日本において少子化現象が起こり得ることを予測していた点だ。

 

3)家族の員数限定

さきの「家族の集団的特質」を熟慮するなかで,戸田は特質@から「家族の員数限定」という現象に辿り着く。これに関して戸田は次のように説明する。「家族に於いては,その成員の資格を特殊なる血縁的の関係に結ばれている者の範囲だけに限るが故に,自然その成員たり得る可能性を持つ者の数が制限され易くなり,事実上共同する家族員数は更にそれよりも少数となる」(『家族と婚姻』:277)。

つまり戸田は「家族の成員はその成員たる資格の限定と相互の共同の性質とに於いて,比較的少数に制限せられやすくなり,その成員数の少ないと云う点に於いて家族は他の一切の集団と異なる特色を持つのである。如何なる団体にあっても家族ほど僅少なる員数より成るものはない」(『家族と婚姻』:281)とまとめている。

しかしながら,「家族の員数の少なることは,その成員の特殊的資格と云う点のみから考察せられるべきではない」(同:277)とも強調する。すなわち,家族員数が限定されることは,「単に血縁的生理的の資格という点だけからしては説明出来難い。したがってそれは成員の資格ということのほかに,家族員相互の結合の性質から考察してみなくてはならぬ」(同:278,傍点は報告者)。ここで漸く「家族的結合」の重要性が浮上する。

 

4)家族的結合

戸田は家族的結合の内実に関してこう説明する。「家族における成員の感情的非打算的の融合信頼的の合一化,かかる合一化に基づく強き集団的集中性は,一切の生活関係に於いて家族員の共同を緊密ならしめんとするのであるが,その傾向は家族員の日常生活における共産的関係に於いて最もよく現れている」(同:290,傍点は報告者),と。

さらに具体的に言えばこうだ。「家族員一人の喜びは全員の喜びと化し,一人の憂いは全員の憂いとなる。一人の生活が保障され,他の者の生活が強迫されると云う如きことはない。何人の努力によって得られたものであろうとも。如何なる手続きによって求められたものであろうとも,家族内に於いては共同に享受せられ,又その共同の享受に関して何ら反対もない。各員は無償にて相互に奉仕することを不思議として居らぬ。外的の社会制度によって個人の私有とせられて居るものも,家族内では必要に応じては何れの成員の使用にも委されてある」(290-291)。

だがここで特に注目しておきたいのは次の点だ。「家族の各員の共同は一面からみれば相互信頼的であり,感情的であるが,多面からみれば非打算的であり,非目的的である」(289)。これを少子化に絡めて解釈するとどうなるか。家族的結合における家族成員は,互いに見返りを求めない。したがって子どもを持てば経済面,心理面,あるいは肉体面で負担になると打算的に考えてしまうことは,もはや戸田の定義するところの「家族的結合」ではない。カップルが子どもを持つのと持たないのとどちらが得か,といったような合理的選択の考え方は戸田にいわせれば家族的結合とは言えないだろう。戸田の規定する家族的結合は,あくまでも無償の奉仕,感情的・情緒的,非打算的,非目的的といった要素を含んでいるのだから。

 

4.家族構成の縮小過程が少子化である――戸田は少子化を予測していた!

 以上のように戸田理論を四つの概念から吟味してきた。これを踏まえつつ,最後に家族構成の縮小過程が少子化であるとの立場から若干の考察と,今後における少子化の実証研究に向けて理論的に導き出された点をまとめておく。

 まず,戸田は,いかなる要因によって家族構成が縮小すると考えたのであろうか。それは,(A) 世帯主の職業種別,(B) 家族内にいる子どもの数量,(C)都市文化の影響,の三点に要約される(『家族構成』:169170)。さらに,これらに対応して,(D) 親子孫三世代の非同居,(E) 婦人の婚姻年齢の上昇,(F)交通機関の便利さ,なども補足的な要因として挙げられている。他方で,家族構成員数が減少した具体的な影響として,(a)家族は最も緊密に融合しやすい関係にある者によってのみ構成されるようになり,同時に,(b)生計単位としての家族はますます小さい単位となり,国民生活全体の上からみての生計費はますます増加するようになる,と戸田は実証データから結論づけている(『家族構成』:359)。

 

家族構成の縮小過程

産業化

(A) 世帯主の職業種別

(D) 親子孫三世代の非同居

少子化

(B) 家族内にいる子どもの数量

(E) 婦人の婚姻年齢の上昇

都市化

(C)都市文化の影響

(F)交通機関の便利さ

(出典)戸田貞三『家族構成』より作成。

 

 こうして,戸田理論における四つの概念を検討し,かつ家族構成の縮小過程に少子化が含まれているというアイデアを吟味してきたわけであるが,今後,報告者がこれらを活かすかたちで実証研究を行なうさいに,どのような変数に重点的に取り組むべきかということについて暫定的に結論づけておきたい。第一に,戸田が「種族保存機能」を必ずしも家族の集団的特質として規定しなかったことを支持しつつ,少子化を「家族構成の縮小過程」,すなわち「家族構成員数の減少」として把握する立場をとる。第二に,家族に対する「人々の内的態度」が時代とともに大きく変化したという認識を持ちながら,具体的に「家族的結合」の在り方が質的に如何様に変容したかという点に焦点を当てて吟味していく。

第三に,家族における夫婦の「労働の在り方」が家族構成の縮小に及ぼす影響を考察する必要があろう。そして最後に,生殖家族を形成したカップルが,定位家族の親世代と同居しているか否か,あるいはどのような交流を維持しているか等について,「親世代─子世代に関する社会的ネットワーク論」をツールに家族的結合の実態を質的に調べることも実行すべきことである。

 

5.参考文献

戸田貞三,1925,「家族結合と社会的威圧」,『哲学雑誌』,第40巻第459号,123

―――,1926,「家族構成に就いて」,『統計時報』,第14号,128

―――,1927,「家族の特性としての員数限定の傾向」,『我等』,第9巻第1号,216

―――,1930,「家族の集団的性質の変遷過程」,『理想』,第18号,4967

―――,1930,「夫婦本位の結婚」,『経済往来』,第5巻第4号,221223,日本評論社.

―――,1932,「家族の集団的特質」,『年報社会学』,第2輯,125

―――,19991934),『「家族・婚姻」研究文献選集7 家族と婚姻』,クレス出版.

―――,1935,「家族の大さ」,『社会政策時報』,第174号,6094

―――,1936,「家族構成と人口」,『経済法律論叢』,第7巻第1号,3173

―――,1937,「現代我国民の形造つて居る家族の形態に就いて」,『年報社会学』,第5輯,137

―――,19821937),『叢書 名著の復興 家族構成』,新泉社.

―――,19991944),『「家族・婚姻」研究文献選集15 家と家族制度』,クレス出版.