福祉社会学 学生による出席レポート内容紹介

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ミニ・レポート内容
2000.10.19(1)
家族のかたちは世の中の動きとともに変わり続けているが,どの時代においても全ての人が満足いくようなものではないということを感じた。イエ的家族は今もその名残を感じながら私たちも生活してはいるが,知れば知るほど頭にきた。戦後,日本が立ち直ることが最優先で,女性、また男性も経済戦争の痛手を負っていたのではないか。今,そういった過去を振り返れるところまできたのだから,福祉社会の先をいく欧米を手本にしたり,社会を構成し運営していく私たちが納得でき全ての人がケアしケアされるような福祉社会が作られていけばいいと思う。(坂田ゼミ所属,瀬戸愛子)
2000.10.19(2)
「家父長制」など,男性による女性への不等な差別を批判するのは確かに間違ったことではない。それが歴史的事実であり,現在もそれらがまだ残っているからだ。しかし,余りに傾き過ぎではないのか。偏った考えに固執するあまり本質を見逃してはいないだろうか。もちろん,男性は過去の過ちを振り返り反省する必要がある。女性も自身の権利を守るべきであろう。これからの時代には,そういった対立を続けていくことはムダである。高齢者へのケア等助け合わねば乗り越えられない課題が多い。やはりここは男女助け合っていくことが大切ではないだろうか。(萩野ゼミ所属,山岡聖樹)
2000.10.19(3)
家族危機を救うのは〈親密な他者〉であるということについて,確かに解決の方法など見つけてくれるのは他人であるかもしれない。だが,こういう危機は最終的には家族自身であると思う。確かに家族のみで解決するのはかなり難しい。しかし,最終的には家族が解決に向かって努力しないと解決しないと思うし,他人などの意見は単なるきっかけにすぎないという見方もあると思う。 (坂田ゼミ所属,大矢智之)
2000.10.19(4)
家族愛のパラドックスを解決できる鍵は〈親密な他者〉であるということについて,私も確かにそういう面もあると思うが,やはり主に鍵を握っているのは家族だと思う。自分たちの間で起こった問題は最終的には自分たちで解決していくと思う。でも,家族内ばかりに目を向けすぎてもだめだと思うので,そういう面で家族外の〈親密な他者〉というのも必要になってくると思う。(内藤ゼミ所属,松下紋)  
2000.10.19(5)
「イエ的家族」⇒「近代家族」⇒「現代家族」について,「現代家族」では個人化・私事化が進み「ファミリー・アイデンティティ」という自発的で創造的,かつ解消も自由という新たな家族の在り方について述べられた。現在,IT革命がおこり,インターネット産業も進んでいるなかで,私はこの「現代家族」の在り方とインターネットについて共通点を見つけた。それは「バーチャル」であることだ。「現代家族」は家族の定義の枠を超えバーチャル化している。それは人々の家族という定義に差異をうみ,その新たな個々のもつそれぞれが異なった家族愛のパラドックスが新たな家族危機をうむ。私は果たして,そのパラドックスを〈親密な他者〉が解決できるのかに疑問が残る。(桑原ゼミ所属,山口健一)   
2000.12.07(1)
人間は本当に生涯発達し続けているのだろうか? 発達し続けるということは最初の状態から向上していき,生涯が終わる頃最も発達した状態となるということである。極端にいうならば,良い大学を出て良い会社に入り地位や名誉も手に入れた人が最終的に年齢を重ね,寝たきりもしくは人工呼吸器をつけていないと生きていけない状態になったとする。それでも人間はそのようななかで発達し続けているのだろうか? (古田陽子)
2000.12.07(2)
人間の究極の姿は矛盾であるということについて,私も賛成である。しかし,それは単なる矛盾なのではなく,その大切だと思うものに対する理解や納得を伴った矛盾に限定されると思う。「自分のことはいとおしいと思う。しかし,死がきたらその自分を捨てる覚悟ができる」というのは,自分自身について,あるいは自分の生き方について納得しているからである。納得していなければ「自分は丈夫だからまだ死にたくない」という思いでいるだろう。よって私は人間の究極の姿は「理解あるいは納得のある矛盾」であると考える。(徳丸ゼミ所属,村上彩)
2000.12.07(3)
人生には春夏秋冬というようなライフサイクルがあり,過渡期と安定期を繰り返していることが分かった。私は今は一人暮らしですが,実家にいるときは90歳を超える祖父と暮らしていた。もちろん今も健康である。この前母が,祖父は「いつ死んでもいい」というようなことを言っていたが,散歩をしたりして健康には十分気を使い,自分の体調は良く知っているということを言っていた。だから,やはり自分の存在をいとおしく思っているが簡単にそれを捨て去ることができるということなのだと思った。表で,晩年期の86歳頃は“―”と書いてあるが,過渡期なのか安定期なのか分からなかった。自分の祖父をみていると,健康面においては過渡期であるように思えるが,そうでないようにも思えるからだ。(西村ゼミ所属,下野利江)
2000.12.07 (4)
今日の講義の「コンパニオン」について最も印象に残っています。男女間のコンパニオンは成立するのかということですが,私は成立しないのではないか…,と思います。最初の頃は良き相談相手としての関係が築けるかもしれませんが,それは恋愛感情へと発展してしまうと思います。お互い成熟していれば恋愛を超えた関係を維持できると言っていましたが,本当にそのように割り切ることができるのでしょうか? メル友から恋愛関係となる事例もそれに含まれると思います。しかし,もし本当にそのような恋愛感情が一切ない男女間のコンパニオンが築けるのなら,すばらしいことだと思います。(平井ゼミ所属,田方真奈美)
2000.12.07(5)
自分と他者の関係ということで考えると,同性同士だときちんとしたかたちでの相談は成り立つと思うが,それが異性間だと話は別で,意識はしていなくともどうしても感情的になりがちである。だから,女性とは恋愛はできても本当の意味での友情は結ばれないと自分は考える。(木村ゼミ所属,山崎洋平)
2000.12.07(6)
人生山あり谷あり。谷の部分に福祉が必要とされる。そして,他者や家族を巻き込んで取り組むべきとのことであったが,核家族化や情報化社会の到来で人間関係が希薄になるなか,どのようにそれを実践していくかが問題である。隣人との会話も為さなくなった昨今,まず周囲の人々との関係を見直すことが先決だ。(皆村ゼミ所属,山本幸司)
2000.12.07(7)
自分が谷にいるときにその危機から脱する契機となるのは〈親密な他者〉であるという考えに賛成である。しかし,〈親密な他者〉は家族だけではないと思う。なぜなら,家族は自分の良い面と悪い面の両方を知っている。それ故にその人における能力の限界というのを無意識のうちに決めてしまうところがあるからだ。友人(ライバル含)や先生,恋人というような存在は自分の将来の可能性を引き出してくれる。また,自分の気付かなかった潜在能力を開花させてくれる。だから,自分の本来の今ある姿を問いただしてくれる家族と,自分の未来への可能性を引き出す家族以外の〈親密な他者〉というものを大切にしていくことが福祉にとって大事なことだと思った。(石塚ゼミ所属,井上肇)



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