日にち | |
| はじめに先生がおっしゃった,少子化が経済に与える影響を聞いて,ひとごとではないと思い,その現実を恐ろしいこととして受け止めた。現在は経済大国となっている日本ではあるが,数十年後の生産労働力の低下,税金の増加など,問題は深刻なものばかりである。戦後築き上げてきた私たちのライフスタイルの結果,このような状態になってしまったのだから,これから元に戻すことは容易ではないが,将来,せめて2人は産みたいものである。(A班,中村真弥) | |
| 自分で疑問を述べてそれをまた自分で解決してしまうという少し変わったやり方ですが,慣れていけば違和感はなくなっていくと思います。これからもがんばって出席してバンバン意見を言っていきたいと思います。レジュメについても,前期で50ページくらいのものを読んでからというもので,これと比べるとやさしくなっていますので,がんばっていきたいです。(B班,花谷潔) | |
| 2100年には人口が5100万人という予想は,大変ショッキングでした。しかし,IT革命による仕事の能率化にともなう人員削減や,リストラなどが起きている現在,逆に雇用が安定していくのではないかと思います。また,現在,教育機関や教育そのものが見直されているので,少子化は社会の変革のチャンスだとも思います。(D班,二川絋一) | |
| 今日の講義で自分が理解したことは,全国の出生動向と地域別の出生動向がほとんど一致しないことである。全国と地域別では,全部ではないにしろほぼ一致するのではないかと考えていたが,一致するところのほうが少なかった。さらに,最大出生数も全国と地域別では一致しないところのほうが多かった。だから,出生・子育てに関する福祉行政は地域別で取り組むべきだと分かった。(B班,田川健祐) | |
| 家庭の空洞化は,これは僕の憶測ですが,産業の空洞化と関連があると思う。例えば,日本の企業が海外に労働市場(安価な土地)や低賃金労働者を求めてどんどん海外進出していき,自分の企業の利潤がうるおうよう試みる。これと同じように,家庭も家族構成を壊さないように必死である。そのために引き起こされる現象が家庭の空洞化であると思う。今日の講義で経済的な側面から少子化問題に接近できたように思う。(C班,川口治) | |
| 大都市では人口が多くたくさんの世代がいるから出生数が多い。文章だけでは当たり前のことだと思うことも,統計データを使うことで説得力が出て興味ある題材になることには驚いた。家庭の空洞化を産業の空洞化にたとえて考えた人の意見は面白かった。家庭を支えるが故に家庭が空洞化したとは思いつかなかった。(D班,二川紘一) | |
| 夫婦中心の考え方が広がっていって,その中に子どもをつくるということがなくなってきているように思う。それは,広辞苑の言葉の定義の変化を見ても分かることである。血縁や親子という言葉よりも夫婦間の繋がりの方が強かったり,個人化に進む傾向さえある。そんな中では子どもも生まれてこなくなるような気がする。(C班,平原聖) | |
| 少子化が進んでいる要因としては,女性の高学歴化,晩婚化などが目立っていたが,原因は男性にもあるのではないかと思った。今回の講義の冒頭に配られた新聞記事において,会社勤めの男性の多くは残業をほぼ毎日のようにしているとあった。残業時間をなくし,もう少し男性に時間的余裕が生まれれば少子化を抑制するのに役立つと思う。(C班,吉富健太) | |
| 確かに今まで少子化は女性とばかり結びつけられていたが,男性の職場での現状にも問題があることが分かった。日本は世界でも本当に勤勉な国で,仕事も家庭より優先する場合がほとんどだ。家族のために働いているのに,そのことで人間らしい生活が出来なくなっていることは,日本人ながら疑問である。(A班,中村真弥) | |
| 男性は助産士になれるのか? 私は先日これをテーマにしたテレビの特集番組を見ました。助産士になりたいと希望している男性は,出産における感動をきっかけに助産士を目指していました。実際,近年の法律改正により彼が助産士になるのも夢ではなくなりそうです。ですが,男性が助産士になることを反対する女性団体もあり,複雑な状況です。男女均等を目標に掲げている現在において,助産士は男性にはなれないというのはおかしな話だと思います。でも,女性のデリケートな部分だけに結論を出すのは難しいと思います。ちなみに私は男性の助産士には反対です。(C班,榎百合香) | |
| 女の人が土俵にあがることをどう思うかという問題で,はじめ私は単純に男女平等ということから女の人も土俵にあがっていいと思っていた。しかし,或る人の意見で文化的なことであるとか,宝塚や歌舞伎の,女の人にはない男の力強さや男の人にはない女の人のしなやかさという面で考えると,そういうものは守られるべきだから土俵にも女の人があがらない方がいいかもしれないと思った。(D班,久米和恵) | |
| アジアのなかで特に中国,インドなどの農業振興地域は男児選好が強いというのは確かにそうである。p.64表8にあるように,養子縁組内訳の数が明らかに男子を出したがらないというような結果が出ているからである。やはり,農業は力仕事なので男児選好になってしまう。この割合が男女で変わらなくなると産業化が進んでくるというのはなかなか興味が持てる。(B班,小屋敷孝幸) | |
| 「子のつく名前の女の子は頭がいい」と書いてある。高校受験の偏差値から見てそのことは証明できるらしい。では,もし男の子に"子"という文字をつけたら頭が良くなるのだろうか? やはり女の子限定なのだろうか。筆者は高校受験の偏差値という点だけでそれを言っているが僕自身は疑いたい。なぜなら,例えばこの本を読んだ母親はたいてい子どもに"子"をつけると思う。すると,その子どもたちもやっぱり頭がよくなるのか?という話になるからだ。(B班,森基泰) | |
| 今日の章はとっつきやすそうでとっつきにくい内容で,「子」のつく女の子は頭がいいということだった。どのように質問を考えればいいかわからないなかで,皆は自分の意見を言えていて自分にはすごく刺激的で,自分も突然質問されてもうろたえないようにしていきたい。また,今日は議論の仕方について勉強になったと思う。お互いすぐにわからないとか途中で違うと言われれば不愉快な気分になるし,何度も同じことを繰り返されるのも苦痛だろうと自分が体験してわかったので,次回からは自分も他の人にわかりやすく,簡潔に,また人が発言するときは耳を傾けるように努力をしなければと感じた。(D班,久米和恵) | |
| 私は自分で「子」のつく女性に対して,由緒正しいとか賢そうなイメージを持っている。なぜかというと,天皇に仕える皇室関係の女性(配偶者や子ども)はみんな「子」がついているからだ。子どもに「子」がついているのは理解できるが,結婚相手の女性にも「子」がつく人を選んでいることが不思議に思った。(A班,堀口みずえ) | |
| 筆者が医師の出産コントロール等についてなぜ批判的であるのかについて。親は大半は子どものためを思っているが,医師は自分本位の考えで日曜よりも平日,年末年始を避けるというようなことをしている,つまり子どものことより自分のことを中心に考えている医師ということで筆者は批判的である。(B班,小屋敷孝幸) | |
| 親と医師側の希望やコントロールが出生日に反映されていることをどう思うかということですが,多くの人が医師側は決めるのには反対的で親側が決めるのには賛成的だった。僕もその一人である。休日昼夜を問わず,常に患者に対して接していくのが「医者」というものであると僕は思う。その覚悟がないのなら「医者」であってはいけないと思う。(B班,花谷潔) | |
| 今日一番盛り上がった議論で「出産時コントロール」というのがあったが,この考え方は「人ゲノム計画」とか「遺伝子組み換え食品」なんかにも似ていると思う。最近,医師のミスが流行なのであまりにもモラルに反する理由以外では医師も万全の準備ができるので,出産時コントロールについては賛成である。(D班,二川紘一) | |
| 数(特に統計)というのは,その使用方法によって本人の目的に合うように都合よく操作できるものなので,数字にふりまわされてはいけないという意見があったが,確かにそのとおりだと思った。そして数字にふりまわされないためには数に関する基本的な知識が必要だと思った。(C班,吉富健太) | |
| 数や割合などを重視するかということですが,プロ野球にたとえると全135試合中1打席しか出なかったがその1打席がたまたまラッキーなヒットが出たとします。その人の打率は10割となります。しかしあのイチロー選手でも4割に届きません。割合だけで見るとイチロー選手よりすごいことになりますが,果たしてそれでも首位打者のタイトルをとってもいいのでしょうか? ですから割合というものはそう簡単に信じてよいものではないと思いました。(B班,花谷潔) | |
| 晩婚・晩産のイメージがよくないのはなぜか。私は母胎や子どもの健康状態くらいしか頭になかったけれど,そう考えると晩婚・晩産に限らず,早婚・早産(?)の場合も問題があるなあと思いました。また,晩婚・晩産が少子化・高齢化に繋がり経済的ダメージ(市場の縮小)が明らかなのでマスコミによる過大な報道などによって私達の心理を裏で操作しているのではないかというのも大いに考えられました。(A班,池田にいな) | |
| 全体を通じて確かにこの本は何の根拠もなしに独断でものを書いている部分があった。しかし批判的な目で見なければ気付かず,鵜呑みにするという部分もあった気がする。芸能人の交際とかそういった話題には批判的に見るのに,身近にある情報を疑うということにあまり気が付いていなかった。これから社会に入っていくなかで誤った情報を鵜呑みにせず,しっかりと情報を見極める目を身につけたい。(B班,中大路正洋) |