基礎演習 学生による出席レポート内容紹介

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出席レポート内容
2002.07.08(2)
年齢階梯制の利点は、それぞれ自分の仕事や役割をしっかり持つことができ、その地 域のために100%の力をその仕事に出せるということだと思います。欠点は、上から の圧力などによって自由に発言できなかったりして良い考えが思いついてもそれをそ の地域のために生かすことができないということです。また親の考えでは、体力的に いうと若者が物を運び、お年寄りなどの大人が指示するなどの役割分担がしっかりし てくるとその地域の活性化につながるのではないのかと言っていました。また、今は ほとんどの地域では実力主義のような感じになっていて島から若い人たちがどんどん 都会に働きに出て年齢階梯制がなくなり今からの時代は能力のあるものが上にたち、 今問題となっているリストラのように今まで誰よりもがんばって今の日本を作って きた人たちがいなくなるということがおきてきているという。結局、あまり考えはか わらないものになったがとにかくこれからの時代はこの制ではやっていけないという 事になった。しかし、個人的にはまだこの制をつかっている地域ではこのまま持続さ せていってほしいと思う。日本の昔の伝統的な制として。 (A班・鶴丸 育生)
2002.06.28(1)
<利点>よこのつながりが親密になり、将来的につきあっていく仲をふかめられる。上下関係が存在すれば、日本人特有の謙虚さが身についていく。
<欠点>似たような価値観にうもれてしまう。新しいことばかり学ぼうという姿勢になってしまう。伝統が消える。(年配者が上にたっていても伝統は受け継がれるものなのでよこのつながりが必要だから)
<40〜50代の意見> 年長者に敬意を表するのは当然であるかもしれない。子供の頃を思い返すと、自分の祖母は、自分の母よりも存在感が大きかったようなきがする。たとえば、年間行事を行うにしても、あるいみ進行係りをつとめていたのは、年配者であったといえるかも。彼らのおかげで、日本的な我が家が思い出される。子供はよく遊び、若者はよく学びよく働き、年配者は生涯教育を。。それぞれ特徴をもっていても全然おかしくない。おかしな上下関係だとも考えなくてよいのでは。別に不平等なわけではないと思う。区別された枠組みのなかに、大切な経験があり、成長がある。いっぺんに手に入れられるものではない。年齢がうえのものをみて覚えていくことは、人間が赤ん坊のときからやっていく行動だ。社会が年齢階梯であっても、だれもが、そのすべての段階をふんで生きていくのだから、サイクルはめぐりつづける。<よこ>のつながりだ。
<自分の意見と年配者の意見の比較> 違ったところは、年齢階梯社会において、伝統が守られるというものである。なるほどと思った。年長者に敬意を表する側は彼らに対して学ぶという受身の姿勢をもっている。だから上下の流れで伝統をうけとっていると考えてよいかもしれない。すべての区分のなかにそれぞれの経験があるというのは、共感できた。よって年齢階梯社会は、人間の成長過程に適応したすっばらしい教育カリキュラムをうみだしてくれたのではないだろうか。これが利点である。欠点は、その利点を活かしきれていないわたしたちにあり。 (B班・久保田理子)
2002.06.05(1)
家族に意見をきいてみたところ、祖母は村の中心が移ると、そこには村の活気も移る と言っていました。そして、「おばあちゃんだったら、元気もなくなるがねえ。」と 考え込んでしまっていました。それは、あくまでも移動前、自分が中心部に位置して いた場合の感じ方だと思ったので、逆のパターンも聞きました。すると、もし、自分 の住んでいた場所が、中心的になったら、不思議と安心感のようなものがうまれるだ ろうと、教えてくれました。なぜかと問うと、村人、またはその村社会とのつながり を感じられるからだと言っていました。祖母の話を聞いて、私は村の中心が存在して しまえば、その他の地域の人々が劣等感をもってしまうのではないかと考えました。 村の中心が移動したとき、土着の高齢者はその変化に対応していくことに混乱してし まうのではないかとかんじます。時代は大きく変化しても、その村の特色や独自の文 化は伝統的な部分を残していると思います。中心が移動したとき、土着の高齢者たち は、自分たちの伝統を脱ぎ捨てて、新しい村人意識を確立していこうとすると考えま す。よって、伝統というものが、ますます希薄になっていくとおもいます。 (B班・久保田理子)
2002.06.10(2)
電話で祖母に聞いてみた。祖母は、村の中心が移ることはあまりうれしくない、とまず答えた。理由を聞いてみると、今はいろいろな面で便利な場所に住んでいるが、中心が移ってしまうと不便になってしまう心配があると言っていた。それに、生活も変わってしまうかもとも言っていた。確かに僕もそう思う。しかしこのことは、村の中心に住んでいる人々の考えではないだろうか。逆に、村の中心が移ってきた地域に住んでいる土着の高齢者にとっては、うれしいことだと思う。例えば買い物に行く場合、今まで時間をかけて出かけていたのが、時間が短縮される点がある。このことは、高齢者にとってはうれしいことだと祖母も言っていた。しかし、村の中心が移ってきたことによって生活を無理やり変えてしまうのではないか。そうなってしまうと、その地域の伝統が忘れられたものになってしまう。だから村の中心が移ることは、どちらかというと良くないのではないかと思う。(C班・中野卓)
2002.06.02(1)
鹿児島県では、96市町村のうちなんと72市町村が過疎地域であるという。過疎市町の割合は、75パーセントにもなる。1995年のデータでは、県内で65歳以上の世帯主は20万4000軒であり、全世帯の29,7パーセントを占める。このうち独居と夫婦のみの世帯の割合は、77,3パーセントにもなるそうだ。この数字は、全国1位であるという。これらのデータより、鹿児島県では、高齢化が全国よりも10年早いということが判明した。
 具体的な例の1つとして、十嶋村のことを調べてみると、以下のようなことが分かった。
十嶋村は、県本土と奄美大島の間に浮かぶ12の島々からなっている。戦後52年まで米軍統治下にあり、今年2月で日本復帰から50周年になる。この村でも、確実に過疎は進み、1952年には約3400人だった人口も昨年11月末には、708人にまで減ってしまい、12島のうち、5島は無人島になってしまった。しかも、村人の3人に1人は65歳以上の高齢者であるという。なぜこんなに、人口が減ってしまったのか。その原因は村の産業と関係する。十嶋村は、産業が乏しく、自主財源もほとんどないことが過疎につながっていったのではないかと考えられる。産業が乏しく仕事がないので、人々は仕事を求め、島を出ていったのだろう。島で生まれ育った若い人々も、仕事がなければ島を出て行かざるを得ないのではないか。そして、人々が島を出ていったことにより、ますます島の産業は衰退し、過疎が進行していったのだと思う。村おこしなど何とかして人を集め、産業を活発にしていかなければならないと感じた。今まで、過疎について深く考えなかったが、鹿児島県が全国の中でもこんなに過疎が進んでいるなんて知らなかったので、非常に驚いた。過疎問題について、特に鹿児島に住んでいる私たちは、問題解決のための努力を惜しんではいけないと感じた。個人的な話になるが、私の父の実家のある川辺郡神殿〔こうどん〕でも、小学校の生徒は10数人しかいないそうだ。実際、祖母の家の近所もほとんどがお年寄りである。すごく田舎なので、若い人が引っ越してくることもなく、過疎は進むばかりである。自分の身近なところにも、確実に過疎問題があることを実感せずにいられない。過疎問題は高齢化と深く関わっているような気がする。過疎問題は、私たちの大きな課題であるといえる。 (B班・前野沙耶佳)
2002.05.28(1)
 相互援助の具体例は、田植えや稲刈り、結婚式の助言などが挙げられる。僕も毎年、田植えと稲刈りの時は、いとこの家の手伝いをしている。もちろん僕の家族も手伝っている。僕の家は、田んぼを持っていないが、お互いが助け合うということで協力している。その代わりというわけではないが、いろいろな面で助言してもらったりしている。僕が受験の時も、いとこの兄ちゃんから助言してもらい悩みが解決したこともある。結婚式の助言というのは、最近そのいとこの兄ちゃんが結婚したのですが、みんなに気に入ってもらえるような結婚式にするために、僕の親が相談に乗ってたこともあっ た。このようなことが相互援助するということだと思う。
 次に社交についてだが、正月やお盆におじいちゃん・おばあちゃんの家を訪ねることがある。特に正月は、親類が集合して食事をしたり、一年の始まりを祝ったりする。僕にとっては、お年玉をもらえる場でもあるのでかなり待ち遠しい日でもある。社交は、このようなことだと思う。
 次にサービス交換については、子守りや、買い物の付き添いなどがある。僕も幼い頃は、伯母に子守りをしてもらったこともあるし僕の親も子守りをしていたことを覚えている。そして、買い物に行く時なども、親が付き添いで行ったり、付き添われて行ったりしている。こういうことでサービス交換していると思う。(C班・中野 卓)
2002.05.21(1)
私は日本人の祖霊観が、家や親戚などの結束のために生じたというよりも、死霊やホトケをまつり、あがめるという儀礼を行う祖霊観によって家や親戚が結束し、存続していくのだと思う。しかし近年は、昔のように大家族で生活する家族が減少して、年々核家族化が進んでいる。正月やお盆、また年忌なども本来どのような意味で行われていたものかも知らず、ほとんどただ形式的に参加したり、行われているだけのような気がする。そしてまた、核家族化が進んでいけば、老夫婦だけや、一人暮らしの老人はますます増えていくだろう。本当なら、自分の娘や息子に、老後の生活の世話をしてもらえるはずでも、ホームヘルパーや老人ホームなどに頼らざるを得ない状況がでてきている。家族の形態が変わってきているゆえに、現在の日本人の祖霊観や儀礼に対する考え方もずいぶん変わってきているように思う。今後高齢化はどんどん進んでいくのだから介護サービスについて、もっと考え、改善し、充実したものにしていかなければいけないと思った。 (B班・勝目麻衣子 )



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