社会学の視点/社会学の方法(第2回)

2018/11/30(桑原司)

 

1.社会学の根本問題=「個人と社会」

 先週の講義でも分かったように、社会学とは、社会を「個人と社会の関係」という視点から明らかにしようとする学問です。「社会学者が10人いれば10通りの社会学が存在する」、と言われるほどに、学問規定が非常に曖昧な(いい加減な?)学問ですが、とは言いながらも、やはり一つの学問です。何らかの最大公約数というものがあるものです。

<社会学の根本問題=「個人と社会」>

これを否定する社会学者はまずいません。もしいれば、その人は社会学者ではない、と言っても過言ではありません。

 さて、どの学問(科学)にも「概念」というものがありますが、言うまでもなく社会学も一つの学問(科学)であるからには「概念」があります。3000個以上ある[1]と言われています。

 本日の講義では、その中でも、「社会学の概念」として、どの社会学の教科書にも掲載されている「主要概念」に絞って解説を施していきたいと思います。そうする中で、<社会学の根本問題=「個人と社会」>という視点が、よりクリアに理解できると思います。

 

 どのような人間も通常は「(人間の)社会」の中に生まれ落ちてきます。たまに「オオカミ少年」などと言った、別の動物の社会の中に生まれ落ちてしまった例外も存在するようですが[2]

 人間は「人間の社会」に生まれ落ちるや否や、本人の好むと好まざるとにかかわらず「地位」というものをまず割り振られます。

 地位(Status, Position):社会や集団が、個々人に強制的に割り振る、社会(集団)における位置付け[3]。「新生児」、「男」or「女」。この二つは医療機関という集団の中で、産まれたばかりの子どもがまず間違いなく持つことになる「地位」の一つです。

 役割(Role):ある一定の地位についている人間が、他者たちや社会(集団)から、(当然そうするだろう、と)期待ないしは予想される(予期される)、ある一定の行動様式[4]

 行動(Behavior):有機体[5]の動作一般。

 行為(Act, Action, Conduct):人間の行動のうち、その人間の主観的意味に基づいて行われているもの[6]

 社会的行為:行為のうち、他者(たち)ないしは社会(集団)との関連において行われているもの[7]

 社会的相互作用(Social interaction):社会的行為など[8]の応酬を通じて、複数の人間が相互に影響を与えあっている状態。ないしはそうした状態にある社会的行為など。

 社会関係(Social relations):「地位」間の関係[9]*(=*)

 集団(Group):人々の集まりのうち、以下の五つの条件を備えている集合体[10]

  1) 成員間のある程度持続的で安定した相互作用パターン

  2) 成員間の共通関心ないしは目標とその達成のための協働

  3) 固有の規範による成員の行動や関係の規制

  4) 集団内部における地位と役割の分化と体系化

  5) 成員間の一体的なわれわれ感情  

 組織(Organization):集団のうち、その目標が明確で、それをめぐる地位と役割の分化と体系化が高度に進んだもの[11]

 社会類型:たくさんあります[12]。とりあえずそのうちの一つを次の節で紹介します。

 社会化(Socialization):人間が、ある社会(集団)の中で生活を送る上で必要な、知識(価値、規範etc)・技能etcを習得するプロセス。先週のデュルケムのいう「教育」は、社会学では「社会化」と呼ばれる[13]

 社会統制:社会で定められている規則に反した行動(逸脱Deviance)パターンを取る者(逸脱者Deviant)に対して、それを矯正しようとするメカニズム。または規則の遵守度の高い者に対して、さらに高い遵守を促そうとするメカニズム。社会から個人に対する正負のサンクション[14]

 

2.パターン変数(ゲマインシャフトとゲゼルシャフト)

 「ゲマインシャフト[15]とゲゼルシャフト[16]」という、非常に有名な社会類型があります。ドイツの社会学者、F.テンニース(1855-1936)によって提示された社会類型、集団類型です。詳しい定義はさておき[17]、さしあたり前者を前近代社会or村落型社会[18]、後者を近代社会or都市型社会[19]と捉えておいて下さい。

このテンニースの社会類型を、社会に暮らす人々の思考パターン、行動パターンという観点から分析した、これまた有名な社会学者がいます。アメリカの社会学者、タルコット・パーソンズ(1902-79)その人です。

 

ゲマインシャフト       ゲゼルシャフト

前近代社会        近代社会

村落型社会         都市型社会

@帰属本位         業績本位

A個別主義         普遍主義

B機能的無限定性        機能的限定性

C集合体志向        自己志向

D感情性           感情中立性

 太字の部分が社会の類型を、それ以下が思考パターン、行動パターンを指しています。

 パーソンズは、それぞれのタイプの社会に暮らす人々のパターンを上記のように表現しましたが、あくまで上記のパターンは「尺度」ないしは「ダイアグラム」だと思って下さい。二つの類型の社会の中に暮らす人々の思考や行動に完全に当てはまる、というものではありません。都市に住んでいても、村落的な思考パターン・行動パターンで暮らしている人々、あるいはその逆があることはいうまでもありません[20]

 @ある人が誰かを評価する際に、その人が誰であるのか、あるいはどういう集団に所属しているのか、そういう観点から判断する場合、それを「帰属本位」と言います。対照的に、その誰かの“属性”とは関係なく、その人間の能力や業績etc(どういう能力があって何が出来るのか)という観点から判断する場合、それを「業績本位」と言います[21]

 A個人Aの個人Bに対する関わり方が、個人Bに対する関わり方以外の何ものでもないとき、個人Aのその関わり方を「個別主義」と言い、個人BCであってもDであっても、Eであっても・・・誰であっても妥当するような関わり方である場合、その関わり方を「普遍主義」と言う[22]

 Bある人が他者に接する場合に、その他者のすべての側面に関して無限定的に接する場合、その接し方を「機能的無限定性」と、その他者のある限られた側面にのみ接する場合、その接し方を「機能的限定性」という[23]

 C行為を行うに際して、集団全体の利益を優先させるか、自己の利益を優先させるか。

 D他者にかかわる際に、感情的に接するか、感情を排して接するか。

     

3.研究姿勢[24]としての「自明性の剥奪」

 自明性とは、ある何かが帯びている「当たり前的な性格」を指す。何かを自明なものと見なすとは、その何かを当たり前に思うことであり、何かが自明性を帯びているとは、その何かが当たり前に思われていることを指す。

 社会学という学問は、社会の中のさまざまな現象(対象、出来事)が持つ「自明性」を「剥奪する」ことを、その最も重要な研究姿勢と考えている。すなわち、ある現象について抱かれている「当たり前」「常識」をまずは疑い、必要であれば破壊し、それに代わる「別の見方」[25](「別の知識」)を提示しようとする。

 この講義では、ここまで「社会学の研究対象」=「社会」だと述べてきた。

 しかし実は、正確にはこの対象規定は誤りである[26]

 正確には、社会ないしは社会現象が社会学の研究対象であるわけではない。

 正確には、「現象の社会性」こそが、社会学の研究対象である[27]

 では、「現象の社会性」とは何か? ある「現象」が「社会性を有している」とは如何なることを意味するのか?

 

 ある現象Xが、人々のコミュニケーションの中から生まれ、コミュニケーションの中に存在する限りにおいて、そのコミュニケーションが存続する限りにおいて、その現象Xは“人間にとって”存在し続ける。

 

 現象がなんであれ、その現象に上記の側面が見つかるならば、その現象は社会学の研究対象となる。「現象Xの社会学」=「X-社会学」の誕生である。

 

 Ex.) 病気

  例えば、「水俣病」、これはいわゆる「病気」の一種である。ならばこれは「医学」の研究対象となるであろう。とはいえ、「『水俣病』問題」となれば別である。この病気をめぐって、患者、加害企業、マスコミ、裁判所、世論etcが、どのようなコミュニケーションを展開してきたか(しているか)、これは社会学の研究対象となる。

 

 Ex.) 死

  いくら何でもこれは医学の対象であろう。と思われるかも知れない。日本の法律では、人が死んでいるかどうかを判断できる唯一の存在は医師である。とはいえ、「そもそも死とは何か」という問題に対して医学は無力である。例えばこの問題は哲学の研究課題となろう。しかしもし、

「『死とは何か』をめぐって種々の人々によるコミュニケーション(議論)が展開し、『脳死』=『人の死』となり、脳死体からの臓器の摘出が法律的に制度化される」そのプロセスを研究せよ、と言われれば、これもまた社会学の出番となる[28]

 

Ex.) 医療社会学

 医療そのものを研究対象とする学問ではない。言うまでもなく。

この分野では、例えば、医療にかかわる人々(医師・看護師、患者、患者の家族etc)や集団(病院etc)間のコミュニケーションを扱ったりする。

 

4.社会学の社会学?

 以上のように、社会学の研究対象は無限にある。社会学は「何でも」研究対象とし得るし、また実際にそうしている[29]。但し、何を研究対象とするにしても、その対象の「社会性」という側面を研究するのであって、それ以外の側面に手を出すことはない。「何でも」と書いたが、実は「社会学の社会学」という研究も存在する。

 

 

 

 

 

 

 

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[1] 桑原司・油田真希(2011)「シンボリック相互作用論序説」『研究論文集−−教育系・文系の九州地区国立大学間連携論文集』第5巻第1号、3頁。

[2] https://twitter.com/TK65802767/status/1065502793425838080

[3] さらにこの地位は、生まれながらにして持つことになる「生得的地位」と、その後の社会生活の中での後天的な意思決定・選択・業績・運不運などによって、後天的に獲得することになる「獲得的地位」に大別されます。

[4] 必ずしも「義務」や「責務」といったものを含まない。

[5] 当然ながら、「行動」を行うのは、人間だけではない。人間以外の動物も「行動」する。→動物行動学

[6] 先週紹介した、マックス・ウェーバーの定義。条件反射や寝言・寝返りは、行動ではあっても行為ではない。

[7] ウェーバーによる定義に比べて、若干ゆるめに使われている傾向がある。

[8] 必ずしも「社会的行為」に限らない。「(社会的)行動」、すなわち、人々の動機に基づかない動作による相互影響過程も含められる。

[9] 桑原司(2001)「シンボリック相互作用論序説(3):東北大学審査学位論文(博士)の要旨」『経済学論集』第54号、85頁[http://archive.fo/xNzVT]。

[10] 桑原(2001: 82-83)。この定義は最もオーソドックスで最も狭義なもの。実際にはさまざまな定義がある。

[11] 桑原(2001: 83)

[12] 桑原(2001: 83-84)

[13] ジンメルのいう「社会化」(Vergesellschaftung)とは別物。紛らわしいので、「社会関係形成」という訳語にしよう、と提案している社会学者もいる(菅野 2003)。

[14] 「賞罰」とも訳される。

[15] Gemeinschaft。「共同社会」とも訳される。

[16] Gesellschaft。「利益社会」とも訳される。

[17] 桑原(2001: 83-84)http://archive.fo/MUiJj]。

[18] 親密で人格的な人々の結び付き。

[19] 表面的で非人格的な人々の結び付き。

[20] もちろん、中間的なタイプもあるでしょう。

[21] 誰々の子どもで、どこそこの出身だから、この人間を採用しよう/大学院修了、英検1級、ボランティア経験豊富、だからこの人間を採用しよう。

[22] コンビニの店員、お客が「友人」である場合に、「今晩呑みに行こうぜ!」と誘った場合、私のゼミ生の中に自分の「妻」がいて、授業終了後に、「明日久しぶりに旅行に行こうよ!」と誘った場合/誰であれ、「いらっしゃいませ、460円になります、ご来店頂き有り難うございました」と対応する場合、誰であれ、「来週までにこの本を読んでくるように」と指示する場合。

[23] 医師は患者に対して、その患者の病状という側面に限定してかかわることが一般的であり(機能的限定性)、その患者の、それ以外の側面(夫婦生活/家族構成/年収/異性関係/趣味嗜好etc)にめくらめっぽうにかかわる(機能的無限定性)ことはない。

[24] 「アプローチ」は、大別して「理論」と「方法論」に分かれる。理論とは関連づけられ体系化された概念群のことであり、これにより対象に対する視点が定まる。方法論とは、理論の理論、すなわち、理論のつくり方に関する理論(手順、方法)を指す。この方法論はさらに「研究姿勢」と「研究手法」(演繹、帰納⊃数量的・定性的)に分かれる。

[25] 別の切り口、別の視点。

[26] 何を今さら、と思われるかも知れないが。

[27] であるから、自然現象も社会学の研究対象となることがある。

[28] 実際にやってみた(http://archive.fo/MGwwo)。

[29] 『盆栽の社会学』なんて本もある(https://twitter.com/TK65802767/status/933587323291287557)。