2013年1月9日 (Die Welt オンライン版)
ヴォルフガング・ショイブレ独財務相
今回も西欧は没落しなかった。今回2012年も破滅を予測した予言者は外れた。今回もユーロと欧州連合は存続した。しかも単に存続したというだけではない。2013年初めには1年前よりも強化されるのだ。
ユーロ圏のデータが雄弁に物語っている。各国の財政赤字は低下し、競争力は高まっている。経済的な不均衡は後退した。競争力の改善はとりわけギリシャとアイルランドに顕著である。両国では労働コストが2009年比で10パーセント以上も下がった。スペインとポルトガルでは6パーセント低下した。
EU加盟国の経常収支に関しては、最大の黒字国ドイツと最大の赤字国ギリシャの差がこの4年間でおよそ半分に縮まった。
国際比較においてもユーロ圏の現在の状況は改善している。平均の財政赤字は国内総生産比で2009年の6.3%から2012年にはおよそ半分の3.3%に縮小した。これはアメリカや日本とはきわめて対照的で、両国はユーロ諸国の二倍の赤字となっている。こうしたデータが示すのは、再び上昇に向かうEUの状況である。われわれの改革が効果を発揮し、赤字は低下しているのだ。
しかしこれをもって私たちがユーロ圏の危機終結を宣言できるというわけではない。確かに昨年、危機の解決に向けて決定的な進展が得られた。EUレベルの改革政策の決定においても、危機に直撃された国々の進展においても。そうした経済危機の国々の経済的指標の推移が私たちの方向性が正しかったことを示している。
しかし私たちの通貨同盟の持続的発展に向けてさらに重要なことは、私たちが制度機構を改革したことであり、その結果ユーロ圏では堅実な公的財政や競争力のある国民経済の前提条件がユーロ危機前より整ったことである。
これは欧州安定成長協定の強化によって達成されたが、その際欧州委員会の権限も強化された。また欧州連合の加盟25ヶ国に対して拘束力のある財政赤字の上限規定を定めた財政協定を結んだ。これはドイツ基本法の債務ブレーキと比較されうるものである。
私たちはまず欧州金融安定化基金(EFSF)を、次に欧州安定メカニズム(ESM)を整備し、これによってこれまで欠けていた恒久的で信頼に足る危機克服メカニズムを制度化した。そして2014年初めまでに欧州中央銀行(ECB)のもとでの金融市場監督制度を構築し、ユーロ圏の統一的な監督メカニズム(SSM)をつくる予定である。
欧州中央銀行は欧州の金融システム上重要な金融機関を監督することになる。対象となるのは300億ユーロ以上の資産総額を持つか、その資産総額がその国の経済規模の5分の1以上を占めるか、もしくはその国の三大金融機関に含まれる金融機関である。
これにより私たちの共通の通貨領域は危機への対応力を増した。なぜなら国境を超える危機は、欧州中央銀行による共通の監督制度によって効率的に回避できるからである。
しかしこうした欧州連合の統合強化に向けた重要な施策に続けて、さらなる施策も必要となる。これはそれ自体が目的ではない。EUはそうした手段を通してのみ現今の課題に対応可能となるからである。
たとえばまずEUの諸機構のさらなる発展をはかり、将来にわたって任務を遂行できるようにする必要がある。なぜならグローバル化のもたらす世界の政治的、経済的比重の変化を踏まえれば、EUが今後とも世界の発展に影響力を及ぼせるのは、行動可能な統一体にとどまる場合に限られるからである。
これは金融市場の規制や気候変動防止、国際テロの撲滅、あるいは世界市場における公正な競争の維持などの分野に該当する。
欧州の国民国家はドイツを含めどの国であれ、国際的なレベルで将来にわたり政治的、経済的な影響力を単独で行使するには小さすぎる。欧州社会の今後の人口推移を踏まえればなおさらである。
発展の止まった国や世界の変化に対応しなくなった国は遅かれ早かれ滅亡するか、あるいは少なくとも重要性を失うというのが歴史の教訓である。そのような運命を望まないのであれば、EUは必須の変化を受け容れねばならない。
重要なのは、私たちがEUの政治機構を新たな要求に適合させることである。なぜならそれは政治秩序において二重の役割があるからである。すなわち政治機構は規則に基づいた政治的プロセスを保障し、政治的秩序の安定化を図る。しかし一方で政治機構には適応力が求められる。新たな課題に新たな回答を与えられるよう、変化が必要なのである。
そのため、政治機構の安定性と適応力を正しく混合することが、加盟国の成功や衰退に関わる重要なファクターとなる。
同じ結論に至ったのがアメリカの政治学者フランシス・フクヤマである。彼は最近の著作『政治機構の起源』The Origins of Political Orderにおいて、貧しい国々が貧しいのは資源に乏しいからではなく、有効な政治機構に欠けているからであると述べている。
EUにとってこれはとりわけ次の二つを意味する。第一はEU諸機構の機能を高めねばならないということである。将来、より早くより良い決定が行えるよう、決定プロセスを最適化する必要がある。ただし、ユーロ17ヶ国やEU加盟27ヶ国の体制で金融市場が時に望むような速さで決定ができるなどという幻想に浸ることは許されない。なぜなら民主的な決定には当然それなりの時間が必要となるからである。
他方私たちはEUの政治決定プロセスをさらに透明化し、加盟国とEUレベルの権限を新たに調整することにより、市民男女にこれまで以上に分かりやすく伝える必要がある。
すでに欧州連合条約の前文で、ひとつの任務の権限は常にそれに適した最小の国家レベルに置かれねばならないと補完性原理の徹底した適用が謳われている。すなわちできるだけ市民男女に近いところである。
これはEUにおける私たちの最重要路線に関する中心的基準である。私たちは、将来どの決定が加盟国レベルでは不可能となり、それゆえEUレベルに移さねばならないのかについて、合意を図る必要がある。
そのためにはEU諸機構を強化し、その民主的正統性を高める必要がある。これは一歩一歩実現させてゆくしかないであろう。しかし欧州統合は当初からそのように進んできたのであり、しかも大きな成功を収めてきたのだ。
私たちは改革後の欧州通貨同盟の構造が加盟国に誤ったメッセージを与えぬよう通貨同盟を守る必要がある。これは過去に起きたことであり、共通の通貨政策に対して、引き続き加盟国の経済・財政政策が並立する形になった。その悪影響は周知のとおりである。
安定成長協定は、どの加盟国にも堅実な財政政策や競争力の高い経済をもたらすほどの力はないのである。それゆえ私たちは将来のために高次の財政政策の協調をはかり、それをまた実行に移すことが求められる。
この点に関して重要な一歩は欧州委員会の通貨担当委員の権限強化であろう。そうなれば、EU共通で定めた規則の遵守を、いわば裁判官のように公平な立場で監督することが可能になる。ちょうどカルテル法における競争政策担当委員の権限のように。
しかし、EUの強化に必要な機構制度の変革は通貨同盟の範囲をはるかに超える。たとえば欧州委員会は、欧州市民男女によって選ばれた委員長をいただく、民主的正統性をもった執行機関に発展させる必要がある。欧州議会については、EUレベルの政策決定プロセスに今より早く、また深く関与させることにより、権限を強化せねばならない。
また欧州議会は柔軟な決定権を与えられるべきである。すなわち、ユーロ圏やシェンゲン協定加盟国のような、特定の加盟国グループにしか関係しない決定においては、将来は関係国選出の欧州議員のみで票決できるようにすべきである。
日々の暮らしにおけるEUの基本的重要性を欧州の市民男女に理解させ、せめて萌芽として「欧州公共社会」europaische Offentlichkeitをつくりだすために、すべての政党は2014年の欧州議会選挙において全ヨーロッパを視野に入れ、トップ候補を立てることが求められる。
そして中期的には欧州議会で最大の支持を得た候補者が、EU首脳会議で欧州委員長として承認される形が望ましい。こうすれば、EU諸機構の民主的正統性と欧州連合加盟国の市民男女による承認度の向上に向けて大きな一歩となるだろう。
2014年には新たな欧州議会の選出により、欧州連合の機構組織のさらなる抜本的改革に向けた扉が開かれる。この任期期間を私たちは活用しなくてはならない。というのも21世紀はEUを待ってくれないからである。
それだけにいよいよ私たちは、将来欧州連合がどのような道を歩むべきかという問いに欧州全体で取り組まねばならない。私の答えは、欧州統合をさらに前進させることである。私たちは加盟国ならびにEUレベルで権限や責任を新たに分割する必要がある。
私たちは政治連合を完成せねばならない。なぜなら統一された行動能力のある欧州のみが、世界の大きな合唱において声を通すことができるからである。政治的にも経済的にも。またそのような形においてのみ、私たちはドイツやヨーロッパの人々の安全と繁栄を保証できるのである。
原題:Das 21. Jahrhundert wartet nicht auf Europa
Von Wolfgang Schaeuble