2015年10月15日(木)

セルビアはEUに裏切られた思い

セルビア政府は難民に対する模範的な対応で称賛を期待した。しかし侮辱だけだった。報奨の代わりに得たものはEU加盟への一層厳しい条件だった。

ヴェルト紙(Die Welt)

ジルケ・ミュールヘア記者(ベオグラード)

ベオグラードの穏やかな秋の朝、日光は窓からセルビア首相の執務席に差し込んでいる。本来ならアレクサンデル・ヴチッチ首相にとって良い日のはずである。というのも先日EUの称賛を受けたばかりだからだ。EU加盟国のハンガリーやクロアチアが難民流入を防ごうと国境を閉ざしたのに対し、非EU加盟国のセルビアは加盟候補国として模範的に振る舞った。

ベオグラード駅の状況はこの間改善された。最近まで数百人の難民が悲惨な状態で野宿していた場所には、数十人が残るのみで、クロアチアやオーストリア、そして最終的にはドイツへの列車を待っている。「私たちは寒さが厳しくなる前に、ここを離れなければならない」とアフガニスタンからの難民は言う。彼は自分の本当の名前を名乗ろうとしない。彼も含めた難民らは支援者から食事や医療、また一部は列車の乗車券の支援も受けている。

コソボはEUとセルビアの争いの種

「私たちはしなければならないことをした」とヴチッチ首相は述べる。首相は身長2mの大男である。しかしセルビアの努力の陰には打算も潜んでいる。セルビア政府は難民問題で積極的な役割を果たすことによってEU加盟交渉の進捗を期待しているのだ。今年1月以降、公式には22万人の難民がセルビアに入国したとされ、これまでのところセルビアは大きな負担にもかかわらず、困窮する難民に依然救いの手を差し伸べている。これまでセルビアに難民申請をしたのはわずか26人で、他はすべて他の国へと去って行った。「セルビアは経済的には良くないが、それは欧州の諸価値に則って行動する妨げにはならない」とヴチッチ首相はゆっくりと物静かな口調で語る。冬眠から覚めたばかりの熊を思わせる。

と、そこへブリュッセルからの知らせが届き、熊を驚かす。それはこれまで取り決めたコソボとの協定の一覧である。セルビアが依然独立国家として認めていないコソボである。コソボは2008年にセルビアから独立を宣言した。NATOがスロボダン・ミロシェヴィッチによるアルバニア系少数民族の迫害を空爆によって阻止してから、およそ10年後のことである。

セルビアとコソボの関係は依然緊張が続いている。しかし両国の関係正常化はセルビアのEU加盟の前提である。セルビア政府も承知しているものの、ドイツ政府の意向の透けて見える新たな文書に対して憤激は大きい。「なぜEUのパートナーがこのような条件を持ち出して私たちに屈辱を与えるのか、私には分からない」とヴチッチ首相は述べる。

ドイツの駐ベオグラード大使はすでにこうした非難を「根拠がない」として退けた。このリストには、コソボ政府とセルビア政府がブリュッセルで合意したこと以外載っていない、と大使は言う。欧州委員会も、新たな条件を課したものではないと述べる。「セルビアの加盟に関する合意済みの手続きに則り、欧州委員会とEU外交担当部は加盟に向けた進捗状況の評価を行ったものだ」。このリストは単にこれまで合意された取り決めをひとつの文書にまとめただけに過ぎない、と欧州委員会の広報官はヴェルト紙に語った。

つまり、セルビア政府とコソボ政府がこれまで合意した点と合意していない点を明確に記したものということになる。意見の分かれる点はエネルギー供給、電信網、およびコソボの公的地位である。しかし欧州委員会が最終的に最初の加盟交渉分野の交渉開始を勧告したことは、喧しい反応にもかかわらず、セルビアでは完全に見過ごされている。

結局セルビアは加盟プロセスを理解していなかったのか、それとも右派民族主義の政権はこのリストを国内向けに点を稼ぐために利用しているのか?セルビアのトミスラフ・ニコリッチ大統領には状況は明確である。「私たちはEUに欺かれたのだ」と、かつてミロシェヴィッチのもとで副首相を務めたニコリッチ大統領は考えている。

ヴチッチ首相が常に駆け引きに長けた親EU政治家であるのに対し、ニコリッチ大統領はベオグラードの大統領宮殿での会談で歯に衣着せずものを言う。「この新たなリストはセルビア国民の誇りに対する攻撃である」と言う。屈辱、誇り、名誉。これらはどうして最近のセルビアとEUの関係が激しいやりとりになったかを理解するのに欠かせない言葉である。

にもかかわらずセルビア国民の57パーセントはセルビアの未来がEU加盟にあると考えている。ただそのために満たさねばならない要求が気に入らないのだ。ヴチッチ首相は最近、欧州委員会の要求を実現すべく、一連の厳しい改革を実行に移した。労働権の制限や年金の削減はセルビア国内の空気を重くしている。

国民の信頼の証としての選挙

しかしこうした施策は今のところヴチッチ首相の人気に陰りをもたらしてはいない。にもかかわらず首相は今週、選挙の前倒しを考えていると周囲を通して情報を流した。「このような緊張した雰囲気では厳しい改革は実施できない」とヴチッチ首相は述べた。しかし首相が感じている圧力がどのようなものか、詳しくは言及しなかった。

驚くのはヴチッチ首相も与党も親EU路線に対して国民からあらためて支持を得る必要は今のところまったくないという状況である。選挙を行えば、セルビア国民の圧倒的過半数があらためてヴチッチ首相に票を投じるだろう。もしかしたら首相は、本来受けてしかるべきと考える称賛をEU各国首脳から得られない状況にあって、自国民からの愛情表明を望んでいるのかもしれない。

原題:Serbien fuehlt sich von Europa betrogen




ホームへ戻る