はじめに

このホームページに紹介する各通信社のニュースおよび新聞記事はすべて私がドイツ語の原文から翻訳したものであり、特に「抄訳」とことわりのない限り全文訳です。大半を占める通信社配信のニュースは Yahoo Deutschland (http://de.yahoo.com/)からとったものです。文中のドイツ語は技術的制約からウムラウト、エスツェットの表記を諦めねばなりませんでした(ae, oe, ue, ss で代用)。

EUおよびドイツ関連のニュースを紹介するにあたっては目次でご覧のとおり、1.EUの東方拡大、2.EUの機構改革 に焦点を絞り、内容的な重複を避けながら選んだつもりです。しかし、無論重要なニュースすべてを紹介しているわけではなく、当然のことながら選択にあたっては訳者の恣意が入ります。また他の公務(雑務)や私的事情からニュースを追えない期間があることもご承知おきください。

政治の分野も経済も本来の専門ではない私が(専門はドイツ文学およびドイツの都市史)このような「畑違いの」分野に手を染めるきっかけは鹿児島大学法文学部で2000年前期に開講した「情報コミュニケーションU」の授業において「欧州連合の東方拡大」というテーマをとりあげたことでした。

1999年12月のヘルシンキ首脳会議でトルコを含む7カ国があらたに欧州連合の加盟候補国として承認され、すでに加盟交渉を行っている6カ国と合わせて、欧州連合は近い将来に現在の15カ国から30カ国近くに拡大する方向が定まりました。この決定と相前後して欧州はどこまで拡大するのか、どこに境界線を引くべきか、そもそも欧州とは何かという議論がドイツ国内で盛んに行われるようになり、これまで別の領域からヨーロッパとは何かという問題を曲がりなりにも考えてきたものにとってもこの議論はたいへん示唆に富む興味深いものでした。

しかし実際に授業で欧州連合の拡大なり機構改革(これは欧州連合が拡大後に機能不全に陥らないための前提)の進捗状況を紹介するためには日本の新聞等の報道では到底不充分なため、受講生に対する資料としてドイツのニュースを毎週紹介する必要に迫られました。これがこの翻訳のきっかけです。

東方拡大とその前提となる機構改革にテーマを絞りながらも、今年2月にはじまったEU14ヶ国の対オーストリア制裁はとりわけ現在のEUの機構制度に潜む問題を明らかにしたという点において興味深い事件であったため、特別に「オーストリアとEU」という項目を立てることにしました。ドイツと並んでEUの東の境界を成すオーストリアは東方拡大においても直接に最も大きな影響を受けることが予想されます。その意味においても今後とも、東方拡大のみならず自国のEU加盟(1995年)に対してすら反対の姿勢をとったオーストリア自由党の参加する連立政権の姿勢が注目されます。

ユーロをめぐる動向に関しては日本でも頻繁に報道されていることから、とりあえずは項目を立ててはみたものの、拡大および機構改革との関連で特に大きな事件がない限り、当面は翻訳紹介する予定はありません。

今後ともこのペースで紹介できるか分かりませんが、折に触れて内容を更新し、関心のある方に便宜をはかる心積もりです。

なお、このページの記事の著作権は訳者に属します。引用などの形で利用する場合は、E-メール等でご一報くださるようお願い申し上げます。またニュースの原文は上記のホームページから10日前のものまでは入手することができます。

ご意見・ご感想をお待ちしております。

2000年10月10日 中島大輔(鹿児島大学法文学部経済情報学科)

追記(2004年4月1日)−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 

ドイツ語のEUニュース翻訳もこの4月より5年目を迎えます。この間、長期研修中など、ニュースをすべて追えない期間もありましたが、東方拡大と機構改革に関する限り、主だったニュースはほぼ紹介し続けることができました。日記すら3日と続かない私にしてみれば驚くべきことです。

先週は大学の卒業式でした。4年前の授業の際に「EUの状況に興味を持ったので、卒論のテーマにしたい」と答えた学生がいました。その時に、「授業で紹介しておしまいでは少し無責任かな?」と考えたのも、このホームページ開設のひとつのきっかけでした。その後その学生がこのテーマを選んだかは分かりませんが、ともかくも4年間続いたわけですから、ある程度の責任は果たせたかなと思います。

この機会に、欧州統合のニュースを追ってきた、私の個人的な感想を少し述べたいと思います。 まず、よく言われることですが、欧州統合は各国の利害や意見対立に阻まれながらも、ゆっくりと着実に前進して行くのだなという感慨です。2002年にはユーロの流通も始まりました。ほんの数年前までは非現実的と見なされたことが、今ではごく当たり前の現実なのです。ここで1923年に「汎ヨーロッパ」を唱えたクーデンホーフ・カレルギーの言葉を思い出しても良いでしょう。

 「すべての偉大な歴史的出来事は、ユートピアとして始まり、現実として終わった」
  (…, dass jedes grosse historische Geschehen als Utopie begann und als Realitaet endete.

また来月5月1日には、旧東欧諸国をはじめとする10ヶ国がEUに新規加盟を果たします。この間さまざまな紆余曲折を経ながらも、ヨーロッパの人々は欧州分断の最終的克服という目標を見失わなかったと言うことができるでしょう。もう一度クーデンホーフ・カレルギーを引用します。

「一つの考えがユートピアにとどまるか、現実となるかは、ふつうそれを信奉する人間の数と実行力にかかっている」
(Ob ein Gedanke Utopie bleibt oder Realitaet wird, haengt gewoehnlich von der Zahl und der Tatkraft seiner Anhaenger ab.)

この意味で、なぜ欧州が統合を志向するかという問いに関しては、残念ながら日本のメディアの報道はあまりに一面的のように思えます。曰く経済的競争力、曰くアメリカに対抗する政治力云々…。それらが大きな要因であることは言うまでもありませんが、国民国家の枠を越えた統合を可能にする、共通の文化や歴史的経験に基づく欧州人としての意識の高まりこそ、私たちに伝えられる情報にもっとも欠落している部分のような気がします。

12月の首脳会議で決裂した欧州憲法も、ここに来て6月中に採択される可能性が出てきました。共通の価値に基づく欧州市民としての意識は、これによりさらに高まることでしょう。「ヨーロッパ」が世界の他の地域と決定的に異なるのは、地理的概念のみならず価値共同体としての意味を帯びるところにあるかもしれません。(余談ですが Europa と言ってEUを指すドイツ語の用例もこのような翻訳を通してはじめて知ることができました。)

とはいえ、統合の道のりは引き続き険しいものとなることでしょう。欧州憲法も、たとえ首脳会議で採択されたにせよ、その後は加盟25ヶ国すべてで批准されねば発効に至りません。国民投票で批准を行う国も多いため、批准は困難を極めるでしょう。ナショナリズムの揺り戻しも当然予想されます。しかしそれぞれの国民に対する説明や説得のプロセスは、一方で欧州のアイデンティティ形成をも促すことでしょう。どのように合意を形成して行くか、少しばかりの応援を込めて引き続き見守りたいと思います。

今日は4月1日、(エイプリルフールでなく)国立大学の独立行政法人としてのスタートの日です。私の在籍するような地方大学は、独自性の発揮という観点から、研究・教育の両面で地域との連携や地域への還元を求められる状況です。ドイツ語の「必要性」などはこうした観点からはお笑い種でしかないのでしょう。国際化・情報化の掛け声ばかりかまびすしいものの、ドイツはもとよりヨーロッパすらも学生からますます遠ざかっていくように思えます。こうした状況の中、国民国家の枠を越えた統合という歴史上類を見ない壮大な実験を、ドイツ語という比較的大きなヨーロッパの窓を通して、たとえ少数であれ、関心のある皆さんとともに辿って行きたいと考えています。

                      (2004年4月1日 楠の若葉も美しい鹿児島にて)

中島大輔
鹿児島大学法文学部経済情報学科
電話:099-285-8895(Fax とも)
E-mail: nakajima@leh.kagoshima-u.ac.jp




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(C)NAKAJIMA, Daisuke 2000-2010
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